坂道を登って、
カーブミラーに自分の姿を確認して、
わずかに髪の乱れを整えてから 四つ角を曲がる。

我が家と来たら
扉の立て付けは悪いし
(押しても引いてもびくともしないときは体当たりしかない。
 レディがこんなことしてるのをご近所に見られるわけには行かないので
 ああもうそうなったらしばらく入り口で立ちすくむしか)

その先の玄関も
鍵はゴツくて大きな旧式。

お兄ちゃんはなんでもすぐに直してしまうから
付け替えの心配はいらないけど
だからこの鍵はいつまでも旧式のまま。

今日は一発で開いて頂戴・・・と祈りながら鍵を回し


ようやく我が家に帰還を許される。

 

縁側に向いた和室の
鞄かけに鞄を置くと

そのままごろんと横になる。

今日の晩御飯当番はお兄ちゃんだったっけ・・・
買い物はきっと学校帰りに済ませてくるから
ちょっと帰りが遅くなるかな・・・

今日の晩御飯はなんだろ・・・


夕日があまりにも気持ちがいいから
そのまま瞼が重たくなって・・・


再び眼が開いた時には

台所から包丁の音。

反射的に、私は台所に駆けていく。

「お兄ちゃん!帰ってたんだ!?」

「・・・うん。ただいまイリヤ。
 さっき帰ってきたとき声かけたけど
 やっぱりアレ、起きてなかったんだ」

「え!?声掛けてくれたの?」

「掛けたって。ただいまって言ったら
 おかえりお兄ちゃん、晩御飯はやく〜 って」

「ええ!? わたしそんなはしたないこと言ってない!」

「それじゃ、寝言だったのかな?」

「寝言でも!
 帰ってきたお兄ちゃんに・・・その・・・いの一番に晩御飯だなんて・・・」

恥ずかしい!はしたない!
それだけは絶対に否定しておかなくちゃ・・・

でも・・・その・・・お腹確かに空いていたし

ひ・・・否定できないなら、

「・・・きょ、今日のごはん品目多いのね。」

せめて話題を逸らそう。

「うん。正直気合入れてる。」

お兄ちゃんは、きっと照れくさがると思っていたけど
意外にもアッサリと肯定した。

「ふんだ。・・・ファザコン」

「違うって。
 久しぶりの我が家なんだから、親父の好きなものをたくさん食べさせてあげたいなって
 そういうだけで・・・」

「そういうのをファザコンって言うのよ!」

言って、葡萄を一粒口に運ぶ。
旬にはまだ少し早い酸っぱいブドウ。
父親が好きだから、きっとお兄ちゃんは無理して買ってきたんだ。

「こらイリヤ。つまみ食いするなって」

「だって、ごはんまだできないんでしょ!?」

「だからって勝手に食べていい理由にはならない!
 ・・・あ、種まで飲み込んで・・・知らないぞ?」

「し・・・知らないって何よ?」

「・・・こういうものの種、飲み込んでたら長生きできないってやつ」

「知らない!そんなの迷信だもの!」

いやいやいや!早死になんて絶対に!
だって、私はずっとこの生活を続けたいのだもの。

「はは。ひっかかったな。
 嘘だよ。う・そ」

「お兄ちゃん!!」

お兄ちゃんは、こっちの今の気持ちなんて露知らず。
台所で包丁を片手に野菜を刻んでいる。

その規則的なリズムに併せ

〜Die Luft ist kühl und es dunkelt,
   Und ruhig fliesst der Rhein.
   Der Gipfel des Berges funkelt
   Im Abendsonnenschein〜♪

今日、学校で習ったばかりの外国の歌を歌う。

「あ、その曲懐かしい。
 俺も昔リコーダーで吹いたっけ」

「でしょ?士郎がシャープで困ってたの
 私もよく覚えてて。
 授業で聞いたとき懐かしくなったの」

「いい歌だよな、それ」

「うん。私ね。この歌大好き」

お兄ちゃんは、会話しながらも手を休めず
規則的に包丁の音を奏で
私はその音に併せ、
拙い発音で歌い続ける。

やがて、大きな荷物をもった
この家の主が帰宅して

「お父さん!」

私は、いの一番に
玄関に駆けていくんだ・・・。

 

 

 

 

ああ、私はどれくらい意識を手放していただろう。
一瞬だった気もするし、
人間の一生に相当するような長い時間だった気もする。

見ていたのは都合のよすぎるほど幸せな夢。
事実の辛さを一切排除した ありえない夢。

「イリヤスフィール」

横には、いつの間にか
その役目を終えた弓兵が立っていて

一条の涙を零していた。
きっと私と同じ夢を見ていたんだと思う。

「何だか楽しくて、だから今の状況が辛く感じちゃう夢だったけど。
 アーチャー、私は後悔していないし、悲しくないよ?
 私は私の意志で大事なものを守れたの。
 だから、これできっとよかったのよ」

弓兵は跪き、
私の小さな体を
右手だけで堅く抱きしめ

ただ、消えそうになる声で

「・・・・・・・・・・・・・・ちがうだろう?」

そう呟き、私の頬に
ぽたぽたと涙の粒を落とした。


「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ロウ」

頭から、冠が落ちて
カランと音を立てる。

「シロウ―――シロウ、シロウ、シロウ、シロウ、シロウ、シロウ、シロウ、シロウ―――――!!!」

 届かない。
 もう声は聞こえない。
 光に包まれて何も見えない。

白い衣から伸びる腕を
ありったけに伸ばし、

もう開かない門に 私は叫び続けた。

 

 

 

 

 

 

15000ヒットキリリク小説、海豹いるかちゃんからの
「HFルートの士郎とイリヤ」でした。お待たせして申し訳ないです(スライディング土下座)


「ローレライ」の中で士郎が幻視した

普通に当たり前に生活している
ありえたかもしれない兄妹を書きたいという目標と

大聖杯を閉じた後のイリヤとアーチャーを書きたいという目標があったので
一応書ききれてほっとしています。

前半の中に実は「ローレライ」のシナリオ内に出てくる単語を
ちょこまかちょこまかと織り込んであったり。
是非再読してほしいです。これを読み終わった方は。

これを書きながら
「ローレライのMIDIをつけて、画像は絶対に王冠!」と
怨念のように呟いていました(笑)
やや重たくなったかもしてませんが満足。ちょう満足。

画像は10minutes+さまから
MIDIは「ぴあんの部屋」さまから
またMIDI設置方法は「アミュレット」さまからお借りしました。感謝。

 

 

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