階段を上がって地下鉄の出口から出ると
眩しすぎる日の光にクラクラした。

横断歩道を渡り、曲がり角を曲がって
整備された道路を直進すると
目の前に、とてつもない高さのビルがそびえている。
慣れた職場とはいえ、見上げるとクラクラする。

そして今はそのビルの前に
もう一つクラクラするような光景。

ビルの中に入ろうとする自分に
容赦なく浴びせられるフラッシュと
容赦なく突きつけられるマイク。

「このたびのあなた方の会社の不祥事について・・・」

「被害者は弁護団を結成して・・・」

「責任について・・・」

聞いたよ。
いやなほど、今まで、聞いた。

広いエントランスには
受付嬢も座っていない。

出社する人間もまばらだ。
ほとんどの人間が自宅待機を命じられたか有給を使っている。

かえって好都合だ、自分の計画のためには。
エレベーターに乗り、最上階を目指した。

記者がビルの前にへばりつく光景を
シースルーのエレベーターから眺めながら
まったく立場が急変したな、とひとりごちた。


この会社を、事件が襲ったのは少し前の話だった。

わが社は大手の食品メーカーだった。
自社を大手というのは嫌味だが事実だ、仕方ない。

わが社の製造販売する食品が
あってはならない不祥事を起こした。

食中毒。
実際はもっと悪質だが。
何人もの消費者が呻き、倒れ、入院した。

原因は分からない。そう記者会見でトップは言った。
ウソに決まっている。

高層ビルであればあるほど、エレベーターの速度は速い。
チン、と音が鳴り扉が開いた。

普段は、ここには二人警備員が立っているはずだが
今日は外の報道陣対策に駆りだされているらしい。

ますますもって好都合だ。

厚いドアの前でIDカードを通す。
無論自分の物ではない。偽造したものだ。

扉が開くと、大きな金庫。
その鍵穴に、複製した鍵を差し込む。

「偽者の気配」も感じることなくあっけなく開く扉に
「せきゅりてぃ」の脆弱を憂える・・・が今はかえって心地よい。

かちゃん、と扉が開き
中から黒いアタッシュケースが出てきた。

これを見れば、この中さえ見れば
全てが分かる。

上層部だけが知っている今回の事件についての「中間報告書」
この中にきっと
この事件へのわが社の落ち度がある。
それをマスコミに報告する。

それが自分の計画であり
未だ病院に入院したままの
自分の恋人に対しての償いであり、義務だ。

「ちょっとだけでもあなたの会社の売り上げに貢献したいの」
そういって台所でパッケージを開ける姿が印象的だった。
そのまま、その夜に彼女は入院した。

アタッシュケースに手を掛け
その、あまりにも軽いが今の自分にはあまりにも重たいそれを
そのまま持ち去った。

エレベーターに乗ろうとボタンを押し、エレベーターが上がってくるのを待つ。

チン、と音がしてエレベーターが開く。

そこには、人が乗っていた。
想定していたことだ。

会社側からすれば
こんな事実を内部告発する人間を許さないだろう。

このエレベーターの最大積載人数は12人。
それくらいの人数だったら
倒す準備はしてある。

催涙スプレーを構え、間合いをとる訓練は何回もした。


ただ、想定外だったことは
その乗っていた人間が
たった一人だったこと。

それから
その人間が
まだ高校生くらいの少年だったことだ。

身長もまだまだ伸び盛りといった風情だし
顔も・・・これは遺伝の要素も大きいのか・・・中性的だ。

金色の、すこし長い髪を揺らして彼はエレベーターを降りた。

そうだ、きっと迷い込んだに違いない。
あるいは探検にきたのか・・・
無理にことを構える必要はない・・・。

そう判断して
素通りしてエレベーターに乗り込むことにした。

少年の目が、アタッシュケースに止まった。
気がつかない振りをして通り過ぎ・・・・

ようとできない。

少年の手はアタッシュケースを?んでいた。

「コレはここに置いていけよ」

そういって、無理やり自分の手からケースを引き剥がそうとする。

「俺はコレが欲しくてここに来たの」

「・・・これはね、自分のだから駄目だよ・・・」

咄嗟に嘘が出てくる。
しかし、彼は笑顔を崩さない。

「嘘つきさん。ここから盗んだもののくせに」

「な・・・・・っ」

「コレは俺が頂くの。そんで上に献上するものなの。
 一般人が触れていいものじゃないの・・・。」

「一般人・・・?じゃあ君は何なのかな?」

すると、彼はさらに笑顔を強めて、ただ一言

「コードネーム・カナリア」

その一言だけを小さな声で呟いた。

 

 


「カナリア?」

そのいでたちは、
あの愛玩動物を喚起させるものが確かにあった。

金色は、髪だけじゃなく
その目もきれいに染め上げていた。

「そう。・・・いい加減離して?」

「そういう訳にはいかない」

「逆らうとロクなことないよ?」

「こっちのセリフだ!!」

「それはね、オッサンが持ってても意味がないの。」

「それもこっちのセリフだ!!
 ついでに自分はまだ20代だ!!」

「・・・そーなんだ?」

彼はアタッシュケースから手を離すと
まじまじと顔を覗き込んできた。

「目の下の隈。やつれた表情。
 とてもそうはみえないけどなー。」

「それは・・・このために徹夜や心労が相次いだからで・・・」

「徹夜?心労?このために?」

「・・・悪いか?」

「うーん。・・・悪いかそうかじゃなくて、うん。純粋に分からない。そういうの」

「?」

「だって、遊びでしょ?こういうの?」

「遊び?・・・君にとってはそうなのかもしれないな・・・
 このアタッシュケースの価値も知らずにここに・・・」

「・・・今回の■■食品株式会社の集団食中毒事件の中間報告書。でしょ?
 無論、この文書をこのまま読むなんてことはなくって、
 適当に捏造されたものが『事実』として報道される。
 故に、この文書は最高機密としてここに保管されている。そうでしょ?」

「・・・知っているんだな。」

「こんなもの、一般人が持ってたっていいことないでしょうに」

「・・・あるよ。」

「ないって!!こんなもの一般人が持ってたって持て余すだけだろ?
 だから、俺が『処分』する。
 中身なんてまだ知らないけど
 きっとヒデーことが書いてあるんだ。
 一般の人が知らなくていいようなこと。」

「・・・だから知りたいんだ」

「?」

「ヒデーことでも、真実なら 知りたい。
 いや、知らねばならない。
 
 みんなに、知らせなくてはならない。

 だって、そうでなきゃ
 本当に悪い人が
 謝罪もせず
 悪びれることもなく
 自分の偽善という檻の中で生きていくだけだから」

そこまで言った時

一瞬、油断したせいなのだろうか。

少年が、自分の手首を?んだ。

しまった、と思う時間もなかった。
不意打ちにも程が遭った。

一瞬少年はこっちをむいてにやりと笑ったかと思うと
ポケットから手錠を出して

―――― 信じられない。

アタッシュケースの取っ手と手首を
手錠で繋ぎやがった。

「あーあ。どうしましょう!!
 大事な大事なアタッシュケースと
 わけも分からないオッサンが
 手錠でつながれちゃった!!

 殺しはするなって命令だったから
 オッサン殺してアタッシュ奪うなんてこともできないし!!

 鍵は・・・どこかいっちゃった!!」

そういって自分のポケットのなかに入れたそれは
鍵なんじゃないんですか?

「―――オッサン」

「だから俺はまだ・・・」

「3日、時間をやる。」

「あ?」

「鍵は、なくしたってことにする。
 合鍵ができるのに3日かかるってことで
 上には報告する。

 その間に、
 オッサンの答えを見せて。

 そして、
 檻から出して」

「檻から出すって・・・
 この事件の加害者を?」

「――オレを」

「?」

「組織のやり方に慣らされて
 組織の命じることになんでも従って

 うん。オッサンの言うところの檻の中で生きてきたんだ、オレ。
 
 組織に待ってくださいって言った3日間。
 その間に、さ。
 
 オレの考え方を
 檻から出してくれたら
 
 うん、書類の行き先、変えてもいいかもしれない

 無論3日間、オッサンの世話になるからよろしく♪」

少年・・・カナリアは
にっこりと自分に向かって微笑む。

かくして、 
このせわしない小鳥との3日間は


手首に残る冷たい感じと
うきうきと浮かれる少年の笑顔で
幕を開けたのだった。

 

 

・・・お待たせいたしました、キリバン完成です。

どれだけ待たせたのかなんて考えたくないですが。もうもう。
途中で何ヶ月か止まってたし。ネタ切れて。
だからテイストが前半と後半で違うかもしれないです。

しかし「ハードボイルド」だなんて
本気で書いたことない感じで
かなり焦っちゃいました。

何作か小説を見てみたのですが
なんかこう、
引きのいいところで終わってる小説が多いので
今回もこんな感じにしました。

オリジナルもかなり久しぶりでした。
キャラの性格付けと設定で時間食った感じ。
でもその分納得いくものになりました。

カナリアは、女の子で組織の殺し屋さん、と言う感じだったのに
作者の趣味でいつのまにか性別変わってました(えへ) 


ご希望に沿えるものができたか激しく不安なのですが
リクエストありがとうございました!!
もう一つキリバンとって下さっているので
そちらのリクエスト申請もお待ちしてますね!!

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